solo exhibition @ Galerie Metanoia [ PARIS ] --- 2018.6.08-6.14
つくらない彫刻家

 

彫刻家、福岡道雄さんを知ったのは5年前の夏の日だった。

僕が「つくるとは何か」について悩み、すっかり自信を無くして

庭の草むしりばかりしていた時に一通の手紙が届いた。

 

そこには励ましの言葉と一緒に一冊の本が添えられていた。

差出人は以前二人展でお世話になった陶芸家の福岡彩子さんだった。

僕のことを気遣って、父である福岡道雄さんのご著書を贈ってくれたのだ。

 

僕はすぐにその本を開き、そこに書かれた言葉を目にし、心が打たれた。

 

 

つくれない時はつくらなくていいのではなく

つくったらいけないのである

 

 

突き刺さる言葉だった。

自分に問われている言葉だった。

つくるとは何か、もっと悩みなさい。

そう言われているようだった。

 

 

あの日以来、展示会の度にこの言葉を反芻している。

僕がつくっているものはちゃんと源流から流れてきているものだろうか。

展示会のためにつくっているのではないだろうか。

作家だからってつくっているのではないだろうか。

狼は何処からやってきた?

羊は、鹿は、白鳥は、老人は?

 

具体的な答えはいつも見つからない。

脳みそが足らない。

嘘か本当かを考える。

ごまかしていないか。

安易に着地しようとしていないか。

そもそも離陸の動機はしっかりしているか。

この作品の源流は、何処だ。

 

 

 

宗教や村社会という強固なルーツを生まれながらにして持っていない僕たちは

神話や掟も持たず、自分達が何処から来て何処に向かうのか、野放しのままに悩み続ける。

 

僕はかつて強固なルーツを持っている人間だった。

いや、それがルーツだと思い込もうとしていた。

しかし僕はそこにいるべき人間ではなかった。

20代の前半頃、その道を外れ、何もなくなり、自分の手でつくることを始めた。

つくること、それが自分のルーツを探し、自分を形成しているものを見つめ

自分とは何かについて考える唯一の方法のような気がしたから。

 

それ以来、悩む時間は増え続けた。

つくることは悩むことだった。

手を動かす時間だけがつくる時間ではなかった。

最近はつくらない時間が確実に増えてきた。

これはまずいのではないかと思いながら、つくれない時間は続く。

このままいけば、僕も福岡さんのように「つくらない彫刻家」になれるだろうか。

いやいやそんな甘くはない。度胸もない。そもそも目指すものでもない気がする。

それにつくりたいものならまだまだある。

それならつくればいいのではないか。

悩み続ければいい。

考え続ければいい。

 

偽物が混じらなければ。

 

 

 

2017.12.23

福岡道雄回顧展の帰りの電車にゆられて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- - -
御礼

 

style-hug galleryにて開催しました展示会では

多くの方々にお越しいただきましてありがとうございました。

点在するひとつひとつの作品とじっくり向き合っていただけたことを

大変嬉しく思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の時間だけ、照明を落として展示をしました。

窓から射し込む自然光が白いカーテンを抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

今年の展示会はこれで終了です。

はじめからそこに在ったのか、辿り着いたのかわかりませんが

“気配”という言葉を手に入れた年でした。

来年以降、このテーマを掘り下げていくことになるかと思います。

捕われずに瞬間瞬間を掴んでいけたら。

 

 

本年もありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

exhibition - -
展示のおしらせ

 

「 気 配 」

 

日時:2017.12.16(土)〜12.21(木) 11:00〜18:00(最終日17:00)

場所:Style-Hug Gallery 東京都渋谷区千駄ヶ谷3-59-8 原宿第2コーポ208

在廊:16(土)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

exhibition - -
<< | 2/126 | >>