浮遊

 

先月、羽生さんが名人位を失冠した。

この出来事は将棋ファンにとっては重大なニュースであった。

僕にとってはイギリスのEU離脱に匹敵するほどの衝撃であったのは間違いない。

 

現代将棋は若手の研究、あるいはコンピューターが最先端の手をひねり出していて

羽生さんを破った佐藤天彦名人もそんな若手の一人であった。

時間の限り研究に研究を重ねて挑んでくる若手の挑戦を

近年ことごとく退けてきた羽生さんが今年に入って不調気味になり

伸び盛りでどんどん力をつけて勢いに乗る佐藤さんに

優勢な局面からの逆転負けを喫する場面さえあった。

 

将棋は逆転のゲームとも言われている。

もうほとんど勝ちの局面であっても終盤の一つのミスで大逆転が起こる。

何百手という可能性を読み、先の先のその先の局面まで見据えた上で

間違いのない一本の道を選んで決断しなければならない。

そこは自分の思考以外に相手の思考が入ってくるカオス状態。

その中で一筋の光を見つけなければならないのである。

 

羽生さんはそんな混沌とした世界に身を没する中で

どこに光を見出そうとしているのだろうか。

 

美しい棋譜を残したい。

 

以前何かのインタビューでそう答えていたのを覚えている。

正解のわからない混沌の中で、確実なことは何もない。

一歩間違えれば谷底に落ちる場面でも自ら細い道を進む。

無難な道ではなく未知の世界を切り開く方を優先する。

 

今回の名人戦でもその姿勢は随所に見られ

勝ち負けはもちろん重要であるけれど、羽生さんは将棋という底知れない世界の中で

果敢に自分自身の美を追い求めているように僕には映った。

いや、自分自身というよりも、もっと大きな流れの中での美かもしれない。

 

同じ土俵で考えるのはおこがましいけれど

僕自身も木を彫る中で、正解のわからない形に対して一つ一つの決断をし

最終的な作品となるところで手を止めなければならない。

数々の決断の中で、こうすればこうなる、という概知の形よりも

自分にとっての新しい発見がより生まれる方を選びたいと思っている。

 

そして今回一緒に展示をするナカオタカシさんも、そんな人である。

作家としてのキャリアの中で、生活道具を中心に作ってきたナカオさんは今回

人気のランプや時計を一切出さずに、彫刻作品に専念。

自分が積み重ねてきたものを信じて、新たな世界を切り開こうとしている。

それはとても勇気のいることだ。

 

ナカオさんはよく失敗をする。

ブログを覗くと三歩進んで二歩下がる日々が伺える。

FRP(繊維強化プラスチック)という素材自体が扱いの難しい素材でもあるが

何より失敗を生むのは新しいことへのチャレンジを常にしているからである。

その制作への姿勢に僕も何度も励まされ、鼓舞させられてきた。

今回の二人展はそれがどこまでちゃんと形になったのか

未知なる部分は多いけれど、現時点での100%をお見せできるように準備している。

見に来ていただけたら有難い。

 

写真の作品はナカオさんのアンブレラ。

この抽象的な作品は見方によっては宇宙船にもなる。

僕たちは今この宇宙船に乗って真っ暗闇の宇宙空間へ漕ぎだそうとする。

アームストロング船長もガガーリンも見たことのない世界を見るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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御礼


盛岡の喫茶cartaにて開催しました個展は無事に終わりました。
お越しいただいた皆様、お気に留めていただいた皆様、ありがとうございました。

5月の間、約一ヶ月、多くの方に観ていただけて嬉しく思います。
遠方からお越し下さった方も何人もいられたと伺い、胸の熱くなる思いです。

そして毎日お店に立って、作品をご紹介下さったcartaさん、ありがとうございました。

今回の展示会の感想をこちらで綴って下さっていて
僕の「北への手紙」が想像以上に伝わっている実感をいただきました。
この感覚を次へと繋げていきたいと思います。







 
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