建築と時間
2018.08.11 Saturday 10:55
草原の上に佇む古い礼拝堂は
多くの魂をその石に刻んでいる。
葡萄畑の中の崩れかけの農小屋は
収穫を歓ぶ農夫の姿を何度も見てきた。
夜の海に立つ孤独な灯台は
誰かの道標となる光を灯し続けている。
人間の営みの中から自然と生まれ、役目を与えられたこれらの建築物は
人間の生活と自然環境のあいだに存在し、寡黙ながら何かを語りかけてくるかのようだ。
自らの役割をよくわきまえ、人間によく奉仕し、よく働き
それでいて媚びること無く、自然の威厳も忘れない。
積み上げられた石の一つ一つは、石工が山から切り出す遥か昔から雨風の音を聞いてきた。
その記憶は人間の手によって建築物へと姿を変えてもなお消えることはなく
やがて役目を終えればまた静かな場所へ還ることもすでに知っているかのようだ。
僕がこれらの建築物の前に立ち、その姿をじっと静観するとき
目には見えない膨大な時間がゆっくりと動き出し
石の表面から染み出してくるのを感じることがある。
その染み出た時間は僕の内側を潤し
印画紙に写真が写し出される時のように遠い記憶をぼんやりと浮かび上がらせる。
この感覚を取り出してどうにか形にできないだろうか、と思う。
石と同じように、雨風の記憶を重ねてきた樹木の力を借りながら
出来ることならその気配だけでも作品に現すことができればと願い、木を彫っている。
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